ユーザーのために。ゲームのために




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PS5、PS4、XboxX.S、XboxOneのアクションRPG。開発はフロムソフトウェア。

エルデンリングについて、単純に「ダークソウル」をオープンワールドにしたゲームなんだろうと舐めてかかっていた俺は、大変な目に遭いました。
いや、内容的にはダークソウルをオープンワールドにしましたというそれ以上でも以下でもなく、立ちはだかる困難に対して、幅広い戦術、奥が深いビルド、ハードルを下げてくれるオンラインなど、色んな戦法や抜け道を駆使して突破するという「ソウルシリーズ」の伝統的な方向性を発展させたゲームが、エルデンリングであるのは間違いない。
だけど今作が過去のシリーズと決定的に違うのは、難易度。本当に、めちゃくちゃ難しかった。今までのやり方が全く通用しなくて愕然とした。

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言うまでもなく、デモンズソウルやダークソウルもハードコアな死にゲーとして名を売っているタイトルである。しかし結局のところガードを軸にした立ち回りさえ意識しておけば「何とかなる」ゲームではあった。
様々な武器や魔法、戦技などプレイスタイルの自由度は高いが、戦い方をこまめに変えたりする必要はなくて、大剣だけ使い続けるとか、魔法を中心に組み立てるとか、ユーザーが気に入ったやり方で最後まで遊び通せた。

正直俺は考えるのが面倒だったので、RPG的な思考がある程度求められる「ダークソウル2」を除いたソウルシリーズは、自分の馴染みのスタイルでゴリ押ししていた。
殆ど同じ武器を使い続けていたし、回復以外のアイテムに目を向けた事も殆どないし、魔法や遠距離攻撃も積極的に使った事がない。だって、それでも何とかなったから。

でも、何とかなりません、今作は。とりあえずガードしておけば良いとか、もはやそんな次元ではない。
エルデンリングは、「幅広い戦術があるからプレイヤーが自由に遊び方を選んで良いですよ」という今までのやり方とは違って、「色んな戦法を用意しました。だから試行錯誤してね。工夫しないなら殺します」というバランス調整をしている。
それでも自分のやり方を押し通すことができる余地は僅かばかりあるが、その場合は地獄を見る。俺は見た。

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言い換えると、工夫せざるを得ないほど敵の種類が多く、個性が強い。
特にやはり関門となるのは「ボス」であるわけだが、ストーリー進行上突き当たる個体だけでも15体近く、隠しボスも含めたら20体以上は存在する。脇道にあるダンジョンなどの奥にいる小規模な中ボスまで入れると50体以上いるんじゃないかというレベル。
しかも、いずれのボスもめちゃくちゃクオリティが高い。流石に中ボスは簡略化されているけど、大ボスとして登場する敵に関しては、アクション、デザイン、ストーリー性、どれを取っても作り込みが常軌を逸している。
「ボス」というのはフロムソフトウェアが得意とする分野だけど、今作は完全に極まっていた。どこのメーカーでも決して追いつくことが出来ないだろうと思わせるほどの圧倒的なものを見せ付けている。

しかし作り込みが行き過ぎて、ガチのアクションゲーマーでしか対応できないような動きになっているのが今作のタチが悪いところ。
とにかく隙がないんだよな。敵は延々と攻撃し続けてくるし、怯んでもくれない。こちらのチャンスタイムなんて殆ど見つからず、攻撃と攻撃の僅かな合間を縫ってようやくダメージを与えられる機会があるというレベル。
理不尽な攻撃も平気でしてくる。テクニックではどうしようもない、キャラクターのスペックを超えるめちゃくちゃなムーブを何度も見た。
オマケにやたらと賢く、こちらが回復薬を飲もうとするとすかさず攻撃してくる。ちゃんとタイミングを見計らって回復行動しないと確実に狙い撃ちされる。
攻撃のパターンもランダム性が強くて、何回同じボスと戦っても意表を突かれる。さっきはそのタイミングでそんな攻撃しなかったじゃん!と何度も叫ぶ羽目になった。
エルデンリングのボスは、本気です。倒されるための行動をしてこない。プレイヤーの為に攻略の動線を作っておこうとかそんな配慮は一切ない。
プレイヤーのチャンスとして与えられているのは、ボスの行動の結果として生まれる隙だけ。

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一方で、プレイヤーには膨大な戦術が用意されている。
近接、魔法、戦技といった基本的な攻撃手段だけでも相当な種類があるうえに、一部のボス戦では馬に乗りながら戦えるし、敵を仲間として呼び出して共闘することもできる。
能力値も自由にプレイヤーが割り振れて、一定回数はリセットできるのでビルドの可能性は無限大。オンラインだってある。
正々堂々と真正面からぶつかって勝とうなんて考えは捨てた方が良いです。はっきり言って敵がやってくることは理不尽だから。アクションの立ち回りだけで倒そうとすると、ひたすらヒットアンドアウェイを強いられて不毛な戦いになる。
だからありとあらゆる手段を駆使して、ガチガチに固められた敵の懐をこじ開けてやれば良い。敵は手段を選ばず本気で殺しに来るんだから、こっちだって遠慮する必要はない。

モンスターを仲間として呼び出せる「遺灰」、武器毎に装着されている特殊スキルの「戦技」の中にはゲーム攻略を一変させるほど強力なものが存在し、極め付けにオンラインで他のプレイヤーと協力するというお馴染みの奥の手もある。
難易度が高いとは言ったけど、それはアクションで真正面からぶつかった時の話であって、逃げ道や救済措置がいつも以上にたくさん用意されているので、それをどう利用するかによって難しさは大きく変わる。
ハードコアゲームとして突き放していながら、同時に、崖っぷちに追い詰められて脱落しそうなプレイヤーに手を差し伸べてもいる懐の広さがエルデンリングの凄いところである。

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しかし、俺はしょうもないプライドと過信のせいで、その差し伸べられた手を跳ね除けていた。具体的に言うと、マルチプレイは完全に無いものとして扱い、遺灰もボス戦では使わないようにしていた。
オンラインはバランスブレイカー過ぎるにしても、今思えば、遺灰ぐらいは使うべきだったね。明らかにそれ前提で調整されてるし。
オンライン、遺灰を使わないとなると、なおさら色んな武器を使い分けたり、戦技や魔法やアイテムを駆使する必要性が出てくるのだが、
長年フロムのゲームを遊び続けて勝手に作り上げた常識が凝り固まっていた俺は、なかなか今までの形を崩して違うやり方を模索するというプレイスタイルを自分の中で浸透させる事が出来なかった。

フロムのゲームを長年遊んでいる人ほど、この武器だけ使い続ける!オンラインに頼らない!魔法や遠距離攻撃なんて使わない!という自分独自の拘りが生まれる事も少なくないと思うが、
エルデンリングはそういう固定概念に囚われながら遊んでいると本当に大変な事になる。俺はまさにそのスパイラルに陥って地獄を見た。
頭が固く融通が効かない俺は、自分から勝手に縛りを設けて難易度を上げているのに、行き詰まっても新たな道を開拓しようとせず、自分のスタイルに固執して何回も同じ失敗を繰り返した。

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いやはや、エルデンリングをプレイしていて、如何に俺は今まで思考停止でゲームをしていたんだろうということに気付かされたね。
何回同じ失敗を繰り返しても、他の戦法を試そうとせず、自分の慣れ親しんだやり方を通そうとしていた。居心地の良い安定した場所から離れることが怖くて、新しい事にチャレンジしようという考えが希薄だった。

このゲームを攻略する上で鍵を握る「戦技」だって、初めてこの仕組みが追加された「ダークソウル3」では数える程しか使ったことがない。
何故ならダークソウル3は簡単なゲームだったから。戦技なんて使う必要すらなく、今までのやり方であっさりクリアーできてしまった。
ダークソウル3に限らず、ゲームは基本的にプレイヤーを受け入れてくれる。大抵の場合どんなやり方でもクリアーできるようになっている。
自由度が高いゲームであるほどその傾向は強い。色んな遊び方が用意されているけど、それを使い分ける必要性は殆どない。
俺だって色んな可能性を試してみたい気持ちはある。でもそこに「必要性」がなかったら、面倒くさいなという感情で終わってしまう。他の武器を使ってみようという気持ちに中々なれない。

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しかしエルデンリングでは、他のやり方を試すのが面倒くさいなんて腑抜けた事を言ってる余裕はもはやない。嫌でも今までの自分の常識を疑わなければいけない時が来る。最終的に、俺も閉じこもっていた殻から抜け出ざるを得なかった。
もう本当に、かつてないほど色んな事を試した。あらゆる武器や戦技を使ったし、過去作では殆ど目を向けてこなかったアイテムや魔法といった搦手も積極的に活用した。ステータスのリセットを利用してこのボスだけのビルドを作るみたいな泥臭い事もやった。何度も何度も擦り切れるくらいインベントリを見直した。
それが、凄く楽しかった。確かに、考えるのは面倒くさいし、実際それが成功するか分からないし、自分が慣れ親しんだスタイルを壊すのは怖い。
でも、エルデンリングはプレイヤーがチャレンジしたらそれに応えてくれる。一見すると理不尽にしか見えない難所にもちゃんとあるんだよな、攻略法が。ゲーム側からはっきりと答えを教えてくれないから分かりにくいけど、試行錯誤すれば楽になる道が必ず存在する。
今までどう頑張っても突破できなかった理不尽な敵やダンジョンに対して、この戦技や武器が有効なんじゃないかと気付き、そのアプローチが大きな効果を発揮して困難を突破できたときの喜びときたら、それはとてつもないカタルシスだった。
このゲームは、自由を単なる自由で終わらせていない。自由で遊べるよという意味でプレイヤーに自由を与えているのではなく、自由度はゲームをクリアーするための手段だ。工夫しないプレイヤーに対しては容赦なく殺しにかかっている。
確かに面倒くさいし、数々の理不尽な仕打ちにイライラさせられたが、この不条理さはエルデンリングのハードコアゲームとしての大きな魅力だ。

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今作がハードコアゲームとして一番チャレンジした部分は、自由度というプレイヤーの選択肢を攻略の手段として駆使せざるを得ないゲームバランスを作り上げた事だと思うが、システム的な面での一番大きな変化は、「オープンワールド」を採用したこと。

今までもマップがシームレスに繋がっているという意味ではオープンワールドだったが、レベルデザインを重視した細かいマップが組み合わさって繋がっているという作りであり、広大な世界を冒険しているという感じはあんまりなかった。
打って変わって今作は、巨大なマップがまずあって、その中に多数のダンジョンが点在しているというまさにオープンワールドと呼べる作りになっている。
そのオープンワールドのクオリティは、最強としか言いようがない。「こんなゲームがあったら良いなぁ」という俺の夢が叶ったと言っても過言ではないレベル。
マップが広いです、自由に探索して回れます、というオープンワールドの特性を存分に発揮しながら、フロムソフトウェアお得意の濃密なレベルデザインが隅々まで行き渡っていた。とにかく密度が凄い。

単純に物量も凄まじいのだけど、好奇心をくすぐられるんだよな。
天まで伸びるめちゃくちゃ高い塔、空からいきなり炎を撒き散らしながら襲来してくるワイバーン、山かと見違えるくらい巨大なドラゴン、地中の奥深くに広がっている地下ダンジョン、トラップがたんまり詰め込まれた要塞、城の下層に広がっているカオス、打ち捨てられた聖堂、規律の取れた綺麗な学院、幾多の面倒くさい手順をこなした先に待っている最強のボス。
なんというか、ゲームオタクやファンタジー愛好家が涎を垂らしそうな絵になるシーンが、エルデンリングにはこれでもかと言うほど詰め込まれている。しかもとてつもないスケール、クオリティで。

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この手のジャンルの傾向として、せっかくオープンワールドでシームレスな世界を表現しているのに、目的地をマーカーで教えてくれるからそこに向かうだけの作業になったり、画面のあちこちにゲーム的な情報が散りばめられているせいで世界の実在感が薄れている、という事が良くあり、殆どのタイトルが、しょせんゲームの世界は作りものに過ぎないとばかりに割り切ってる。

一方でフロムが表現する冒険というのは、ゲーム的なインターフェースや手順が整ったスムーズな進行と言ったユーザービリティを拠り所としない「リアルな冒険」を重視している。
それはエルデンリングでオープンワールドになっても変わらない。
マップが劇的に広がってゴールまでの道のりはより複雑になったが、目的地をはっきりとマーカーなどで示してくれることはないし、ミニマップも存在しないので周囲の状況は自分の目で見た情報から確認する以外になく、とにかく手探りで進めていくしかない。

さらに不親切で分かりにくいのが、サブクエスト。
いくつかの手順を踏んで目的を達成するクエスト的な要素が多数存在するのだが、NPCとの会話から読み取れる以上の事は教えてくれないし、メニュー画面でリストとして情報をまとめてくれたりもしない。
流石にアップデートでNPCの位置がマップに表記されるようにはなったけど、当然のようにそれ以上は誘導してくれず。
今作はいつも以上にイベントの数が多く、いつも以上にフラグやルートが複雑で、しかもタイムリミットが設けられているものも少なからずあり、相当に意識を張り巡らさないとまず最後まで到達できない。攻略サイトを見ないと不可能なんじゃないかと思うレベル。

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多分、フロムはゲーム側から発信される情報に基づくきっちりと管理されたプレイをして欲しくないんだろうね。
ゲーム体験とは、プレイヤーが紆余曲折を経た末に新たな出会いが待っている、行き当たりばったりなものであって欲しいと願っているのだろう。

結果的に俺は一つか二つくらいのサブクエストしか結末を見届けられていないし、何のために使うのか分からない消化不良なアイテムが大量にストックされているし、ゲームの攻略性に大きく関わるようなアイテムが分かりにくいところに隠されていて気付いた時にはもう終盤だった、という回り道を強いられる事もあった。
しかしそんなデコボコだらけな旅路だからこそ、プレイヤーの数だけ巡り合わせがある。そういう巡り合いに溢れているから、予定調和なゲームの世界でなく、真実味のある世界として没入する事が出来る。
そうした生きた世界を作り上げているからこそ、大冒険にリアリティが宿っている。リアルだからこそ、ゲーム内での体験が大きなインパクトを持って伝わってくる。
俺はこの世界で冒険しているんだ、という確かな実感がそこにあった。

リアリティとユーザービリティの兼ね合いというのは多くのゲームが突き当たる宿命のようなもので、どちらに傾けた方が良いのかはもちろんゲームの方向性によるが、少なくともエルデンリングにおいてはリアルさを重視することで、ユーザービリティよりも価値のあるものを作り上げていたと断言できる。

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一方で、このゲームはユーザービリティに気を使ってもいる。
例えば、重量とか関係なしにアイテムを持ち運びできるし、死んでもボスの直前からやり直しさせてくれるし、使い続けた武器が壊れることもないし、マップを開けば簡単にワープすることもできる。
普通はリアルだったりハードなゲームを目指していたら、とことん面倒くさくしてやろうと考えても不思議ではないけど、フロムの場合は譲れないところは守りつつ、ユーザービリティも決して疎かにはしていない。
むしろそんなところまで楽させてくれるのというぐらい快適なゲームであり、それが「マゾゲー」というジャンルでも多くのユーザーに遊んで貰える大きな理由の一つだろう。

特に今作は、「馬」が快適だった。フィールド上であればすぐに呼び出せて、乗ったり降りたりという動作は最小限かつ自動で済ませてくれるし、小回りも効く。二段ジャンプまで出来たのは驚きだった。
スピード感もあり、これに乗っていれば雑魚も殆どスルーできる。ハードコアを名乗っているゲームがこんな調子で良いのかよと思ったけど、よく考えたら過去作品もダッシュで殆どの敵をスルー出来ていたので、もう割り切ったのだろう。
最初は馬に乗って勢いのままに突っ走っているのはゴリ押しすぎてどうなの?と思ったのであんまり使わなかったけど、途中からは馬のない冒険が考えられないというレベルで浸透した。それぐらい便利だったし、快適だった。
結局、このゲームは馬のゴリ押しだけでは済まないからね。育成を怠っていると、間違いなくどこかで行き詰まる。いずれはしっかり地に足を付けて探索しなければならない時が来る。

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そうそう、やっぱり戦闘と探索が連動しているのが凄く楽しいんだよな。敵が強い、という切迫感は、探索を単なる自己満足ではなく、実利的なものに変換してくれる。
エルデンリングの場合はマップのクオリティが飛び抜けているので、好奇心をくすぐられて自発的に探索しようという気持ちになれるけど、そこに加えて「敵が強い」という強烈な動機まで作ってくれるのでマップやダンジョンを練り歩くのが本当に楽しかった。
強敵を倒すために、フィールドを駆け回って、ダンジョンに潜って、装備やアイテムを見つけて、またボスにチャレンジするというサイクルがこのゲームでは形成されていて、これは凄く中毒性がある。
何より探索は、何度もボスに殺されて沈んでしまった心を癒す良い気分転換にもなるし、後回しにして違うルートを試してみようという考え方もできて、死にゲーというジャンルにおいてオープンワールドの特性は凄く良い相乗効果を発揮していた。

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探索と言えば、オープンワールドになったことでいつもの細かに入り組んだギミック満載のダンジョンは控え目になったかと言うと全くそんな事もなく、むしろこれまで以上に複雑で立体的な魔宮を作り上げているのだから恐れ入る。
過去作の一般的なエリアと比較して3倍は作り込まれているんじゃないかというくらいレベルデザインが凄い。そんな「レガシーダンジョン」と呼ばれるハイクオリティなマップが少なく見積もっても10個以上は存在する。
また今作は「ジャンプ」というアクションが手軽に使用できるようになったのでそれを活かしたマップデザインも多数あり、いつもと違う探索が楽しめた。
まぁちょっと抜け道のような細かく入り組んだルートが多くて流石にやり過ぎじゃないかと思ったけど、それぐらい隅々まで漁って回ることが出来てしまう。

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そんな素晴らしいオープンワールドでまさに大冒険が出来るわけだが、結果的にボリュームはとんでもないことになっている。俺はクリアーまでに160時間もかかりました。
多分、これだけやってもまだまだ探し出せてないダンジョンやNPCはいると思うし、サブクエストも全然クリアーできていない。
やっぱりさ、作り込みがおかしいよ。ボス、ダンジョン、オープンワールド、アクション、戦術性、あらゆる分野において、本当にありったけのものが詰め込まれている。
フロムソフトウェアの集大成ですなんて言葉では収まらないほどのスケール、ボリューム、クオリティに圧倒されるしかない。ここまでやってくれるのかと感動してしまった。本当に凄い。凄すぎる。

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気になったのは、武器の強化とインベントリについて。
武器や盾については鍛冶屋で素材を渡す事で最大+25、特殊な武器も+10まで強化できて、これによってどんな武器でも強化すれば使い道があるという今まで通りの仕様ではあるのだが、色んな戦法を使って欲しいという今作のバランスにおいてはあんまり噛み合ってないなと思った。
他の武器や戦技を試したくてもまず強化しないと話にならないのに、あまりにも+の階段が多くて億劫になってしまう。簡単に素材が集められるようには配慮されてるけど、個人的には強化は控え目にして色んな武器を手軽に使えるようにして欲しかった。
あと、今すぐにでもアップデートで修正して欲しい要望として、新しいアイテムが手に入った時に、ボタンを押したらすぐその詳細を確認できるようにして欲しい。
いちいち膨大なインベントリの中からアイテムを探すのが面倒で仕方ない。「NEW!」という文字も付けてくれないから、どれがまだ確認できてないアイテムなのか見分け辛いし。
これも色んな事を試そうというやる気を阻害してくる仕様なので、何とかして欲しい。

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フロムと宮崎氏によるハードコアゲームは、大きく区分すると2つに分けられる。
何回も言っている通り、デモンズやダークソウルといったソウルシリーズは、様々な武器や魔法やスキルによる多種多様な戦法、幅広いビルド、オンラインと言った、ユーザーの遊び方を第一に尊重した、言わば「ユーザーのためのゲーム」だった。
一方で「ブラッドボーン」は盾や鎧などの身を守る手段を排除し、遠距離攻撃の存在感も薄めて、プレイヤーのスタイルをある程度統制することで、血に染まりながら激しい死闘を繰り広げる獣のような殺意に満ちた世界観を表現することを重視していた。
「SEKIRO」に関してはもっと極端で、武器は刀一本、レベルという概念もなく、オンラインによる共闘という逃げ道すらなくし、プレイヤーが真正面から強敵とぶつかり合って困難を突破することで真の達成感を得させるというハードコアゲームとしての矜持を優先させていた。
つまるところ、ブラッドボーンとSEKIROは、ユーザーの選択肢よりも作り手が表現したい物を優先させた「ゲームのためのゲーム」だった。

じゃあ「エルデンリング」はどちらに属するのかと言うと、ユーザーのために作られたゲームであり、そしてゲームのために作られたゲームである、と俺は考える。
ゲームの攻略性自体はソウルシリーズの方向性を受け継いでおり、プレイヤーの選択肢を尊重したやり方を究極に発展させて進化させたのがエルデンリングというゲームであるのは間違いない。
そのかわり、こっちもハードコアゲームとしてやりたいことをやらせて貰いますよ、主導権はユーザーにあげるけど自由には責任が伴うんだよ、という殺意を滲ませた主張を高らかに発しているのもまたエルデンリングの一面だ。

プレイする前は、オープンワールドを採用したことで簡単なゲームになってしまうんじゃないかと思っていた。
実際にソウルシリーズはダークソウル3で戦術性は増したけど、凄く楽にクリアーできるゲームになっていた。結局自由度やプレイヤーの選択肢を優先させると生温い内容になってしまうんだなという印象を強く持った。
でも、俺の予想は完全に裏切られた。想像以上にプレイヤーの選択肢は増えていたが、それを上回るレベルでめちゃくちゃな困難を詰め込んできた。そうこなくっちゃ、と思ったね。

ゲームはプレイヤーが操作できる。受け身ではなく、自分で何かを成し遂げ、そこに喜びを見出すことができる。
その喜びの大きさは過程によって変わる。如何にしてそれをプレイヤーに大きく伝えるか。それはフロムが「キングスフィールド」の頃からずっと追い求め続けてきたことだ。
ゲームが本気で立ちはだかってくる。だからプレイヤーもそれに応えて本気で立ち向かう。その本気の感情のぶつかり合いが、ゲーム体験を惰性ではないスペシャルな思い出として輝かせてくれる。
たかがゲーム。しょせんゲーム。でも、ゲームは人の心に残る特別なものになり得るんだ。