個人の正義




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“ 突如発生した菌により、世界は荒廃した。そんな中で出会ったジョエルと少女エリーは、血縁関係はないが旅を通して親子以上の結び付きを築いていった。
出会いを果たしてから5年。彼らは今、比較的安全な環境であるジャクソンに身を落ち着けている。
ジョエルと弟のトミーが定例の巡回をしていると、雪山の中で感染者に襲われていた女を発見し、助け出した。感染者の襲撃は収まらず、三人は女が身を寄せていた建物に一時的に避難することになる。
同じく巡回していたエリーは、仲間のジェシーからジョエル達の安否が不明であると報告を受け、吹雪の中捜索を始めた。”

PS4のアクションゲーム。開発はノーティードッグ。

まず、盛大にネタバレをしています。ストーリーに思いっきり触れていくので、物語を知りたくない人は見ないで下さい。
最初はネタバレしないように感想を書こうとしたけど、どう頑張ってもストーリーに触れないと無理でした。

以下、物語に触れていくので注意してね。


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ジョエルが死んだ。驚くほどあっさりと、壮絶に。
前作の主人公だからという特別扱いは欠片もない。徹底的に痛めつけられ、悲惨な姿を晒しながら、無残に頭をかち割られて彼の人生は終わる。
これだけでも相当な衝撃が走るが、更にこのゲームはジョエルを殺した人間をエリーに並ぶもう一人の主人公として捉え、彼女の活躍や内面にスポットを当てていた。その行いを正当化するように。

物語には、主人公がいる。色んな視点が挟まる事もあるが、大抵の場合、最終的に物語は主人公を肯定する。
一人の女の子の命と何十億という世界の人々を救えるワクチンを天秤にかけて、前者の為に研究者を皆殺しにするという、前作のラストオブアスで主人公ジョエルが起こした自分勝手極まりない行動でさえ、物語は優しく包み込み、受け入れてくれる。
俺は、それが物語の素晴らしいところだと思う。ストーリーは、個人の価値や主張を肯定してくれる。
現実の世界は、組織やら社会やら大衆が作り上げた常識とか規範とか同調という名の空気に従わなければ生きていけず、最近はますますその圧力が強くなっているご時世だが、物語の世界では、たとえどんなに一方的で自分勝手で周りを省みない事であったとしても、そこに救いを見出してくれる。
もちろん全ての受け手がそのストーリーに共感できるわけではないだろうけど、個の肯定はきっと誰かの希望となり、心を浄化してくれる。それが物語の力だと俺は思う。
ましてゲームはプレイヤーが操作してキャラクターを動かせるわけで、主人公の存在が強調されやすい。
だから前作の身勝手極まりないジョエルの行動にも共感し、感動できた。ラストオブアスは、とても物語的な救いのあるゲームだった。

しかし、ジョエルの想いとは裏腹にエリーは世界を救う為に自分を犠牲にしても構わないと考えていた。そんな彼女にとってジョエルの行動は耐え難いものであり、激しく拒絶。長年に渡って不仲が続いたようだが、ついに2人の和解は訪れなかった。
ジョエルは無残に殺される。その怒りの炎を胸にエリーは復讐の旅を始めるわけだが、ジョエルを殺した張本人である「アビー」という女のパートが4割近くもこのゲームは占めており、しかも彼女はとても良心的で、情に厚く、仲間思いの人間として描かれている。
彼女がジョエルを惨めに殺したのも、研究者だった自分の父親を彼に殺されたからだ。まるでジョエルが殺されたのは致し方ないとばかりにとても人間味に満ちたアビーが描写される。

基本的に物語とは、自分勝手で押し付けがましいものだ。相手のことを理解する素振りは見せても、最終的には主人公を尊重して終わる。
ましてインタラクティブ性の強いゲームというメディアでは、尚更主人公の正義が正しいものとして描かれやすい。
しかしこのゲームは、主人公が切り替わることで、明確に善と悪の価値観が入れ替わる。お前ら、ジョエルを殺したアビーはこんなに良い人間なのに、本当に復讐なんてするのかよ?という嫌らしい問いかけをしてくる。
つまり、本作は主人公の主張を肯定していない。むしろ否定すらしている。
プレイヤーにとってはジョエルが殺されただけでも胸糞悪いのに、それに対するエリーの復讐ですら正しいものとして認められない。
これは物語のお約束から外れてもいるが、しかもプレイヤーに主人公を追体験させるゲームという媒体でこんな手法を取ってくるとは、正直驚いた。

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で、俺の感想。めちゃくちゃ面白かったです。俺は、このストーリーを肯定します。
まず、ラストオブアスのストーリーのテーマとは、愛や絆なんて生優しいものではなく、「人間に宿る狂気」だと俺は思っている。
パンデミックにより安定は失われ、死が日常となった世界。人々は「生きるため」という大義名分を掲げて、平気で残酷なことをしてみせる。
それはジョエルやエリーも例外じゃない。特にジョエルは前作のラストで全世界の人間を敵に回すほどの行いをした。もちろんそれはジョエルの中の正義なので彼にとっては間違いではないが、その他の人間にとっての正義でないことは明らかだ。
ラストオブアスの物語とは、正義とは一方的なものなんだよ、というメッセージにある、と俺は思う。
誰もが自分を正しいと思い込み、自分の正義を過剰な形で叩きつける。そんな狂気の世界を物語的な救いで決着付けていたのが前作だった。

今作は、そんな前作のテーマをより強化、掘り下げている。
個人の正義を肯定するいう物語的な救いは、今作にはもはや存在しない。敵対する主人公の視点をそれぞれ描くことで、如何に正義とは一方的で、不寛容で、相反するものなのか、ということを強く表現している。
しかも、そこに対するこのゲームの作り込みがとてつもない。俺はこのゲームをクリアーするのに30時間以上かかったが、その4割ほどがアビーのパートに割かれ、しっかりと筋の通った人間を丹念に描いている。
つまるところ、このゲームの構成は「相手方も理由があるんだから仕方ないよね、てへ☆」という物語でよくある深みを作るための中途半端な同情なんかではない。作り手には確固としたメッセージがあり、それを伝えるために本気で取り組んでいる。

アビーは2回もエリーを見逃すが、今作のような構成でなければ単なる物語的な都合による展開としか受け取れなかったと思う。それはとても薄っぺらい。
でも、アビーの事を知るうちに理解できた。彼女はそういう事ができる情け深い人間だということに。
最後、エリーは藻がくアビーを水に沈めて復讐を完結しようとするが、土壇場で思いとどまる。
一度はアビーに打ち破れて農場に帰り親友と身を落ち着けそうになったのに、それでもまだ諦めることができず再度彼女を追う旅に乗り出すほど復讐心をたぎらせていたのに、最後の最後、あとほんの少し腕に力を入れ続ければ念願が叶うというところで、結局アビーを許してしまう。
ここも、エリーだけの視点で描かれていたら「彼女の良心が〜」みたいな綺麗で薄っぺらい理想論による行動としか受け取れなかっただろうけど、アビーの物語があることで、納得できた。
ある意味で絆すら芽生えかねないほどアビーのことを執着し続けたエリーには、プレイヤーと同じように、彼女の人間性が伝わっていたのだろう。
アビーはジョエルを殺した。しかし、彼女は非情な殺人鬼ではない。自分の正義に従って、アビーはジョエルを殺した。
それは、ジョエルが自分の正義に従ってエリーを助けるために多くの人間を犠牲にしたことと、本質的には同じ。エリーには、アビーとジョエルの姿が重なったはずだ。
彼女を許さないということは、ジョエルを許さない、ということでもある。エリーは結局、ジョエルが生きているときに彼を許すことができなかった。アビーを許すことで、エリーはついにジョエルも許したのだろう。

前作は物語的な救いに満ちたストーリーだったが、ラストオブアスとは元来「リアル」に拘ったゲームであり、今作はストーリーでもそこを追求した。
主人公の一方的な正義を讃歌する典型的な物語ではなく、リアルな正義の本質を描き、それぞれの個人の主張を全肯定もしないけど全否定もしないという、とても現実的でバランスの取れた視点でストーリーを描いている。
確かにそれは物語的なカタルシスに欠けるけど、それによって生まれたエリーの許しは、とても寛容的で、ある意味では従来の物語よりも、個人という存在を受け入れるというメッセージを強く感じた。

ストーリーだけで長くなりすぎたのであとは割愛。
前作と比べて銃撃戦や探索がめちゃくちゃパワーアップしていてゲーム部分も面白かったです。
特に銃撃戦は、マップがマルチプレイが出来るんじゃないかというほど作り込まれていてしかも敵が徹底的にこちらの嫌がることをしてくるので一辺倒な攻略法が通じず、泥臭いとてもリアルな戦いが行われる。中盤までは凄く面白かった。
でも、スキルによって銃の手振れが抑えられるようになる終盤は殆ど撃ってるだけで良くなって退屈だったかな。
この手のゲームにしては異例なほどボリュームがあるけど終盤はちょっとダレた。

主人公を肯定する従来の物語のスタイルとは一線を画するので中々受け入れ難いところがあるのも事実だが、それはただの取ってつけた実験的な試みではなく、強固なメッセージを感じる。
物語的なカタルシスで誤魔化さず、リアルな視点で描くことで、一方的な正義を断罪し、同時に受け入れている。
誰もがそれぞれの生き方を持っていて、自分なりに藻がいている。主人公だけが特別ではない。みんながみんな自分だけの正義を持っている。
そのメッセージを強固にするためにここまでの作り込みを実現してくるあたりが流石ノーティードッグ。奇をてらっているのではなく、コンセプトに向かって本気で作り込んでいる。結局のところ、その本気度がこのゲームのストーリーにメッセージ性をもたらしているのだろう。
今作はとてつもなく賛否が別れているけど、俺は、作り手の正義に向かって真っ直ぐに作られているこのゲームは、素晴らしいと思いました。