勇者日記。ネタバレ注意。
イシの村出発まで



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“「ゲームスタートの際に選べる、縛りプレイのはずかしい呪いってやつ、プレイ日記のネタになりそうじゃね?」という神のイタズラにより、はずかしい呪いをかけられてしまった主人公は、まともに人と目を合わせることも会話もできない極度の恥ずかしがり屋さんだが、色々あって神の岩での儀式に成功したのであった”


神の岩での困難を乗り越えて無事に儀式を済ませた俺たち。しかし、ふもとに降りると更なる試練が待っていた。
人が・・・人がいる!!
おい、おい、おい。なんなんだこの人の数は。少なく見積もっても20人はいるぞ。しかもみんな笑ってる。もしかして、儀式を成功した俺たちを祝ってくれてるのか?
大きなお世話だ!!俺はそういう空気がこの世で4番目に嫌いなんだ。

お兄ちゃんが助けてくれたんだよ!と、魔物に襲われていたところを助けてやったマノロが親の手を引っ張って寄ってきた。こいつはヤベーのが来たぞ。
しかし、時すでに遅し。ものすごく感謝してくる両親。笑顔の少年。赤面で無言を貫く俺。
どーしろってんだ。俺にどーしろってんだよこれ。こんなことなら助けなきゃよかった・・・

その場をエマに任せ、俺は静かにフェードアウトする。こんな場にずっといたらどうにかなってしまう。

やっと村に戻れた。イシの村。ひとまず家に帰ろう。
俺と母が住む家は高台の方にある。まずはこの道を通って・・・っておい、馬が道幅いっぱいに居座って通れないんだが。
おい!馬主、さっさとこの馬をどっかにどけろ!!
と、心の中でつぶやき、俺はわざわざ冷たい小川を渡って迂回し、目的地にたどり着く。

「おかえり!儀式、無事に終わったんだってね」

母は相変わらず横に広かった。ダルマみたいな体型をしている。

「おばさん、聞いてよ!私、彼に助けられたの!急にあの痣が光って、雷が鳴って・・・」

いつのまにかエマもいる。
母は彼女の言葉を聞いて急に顔を曇らせる。

「やっぱり、そういう運命なのね」

引き出しをゴソゴソしたあと、母は俺に緑の翡翠のようなペンダントを手渡す。そして衝撃的なことを言い放った。

「今まで誰にも言わなかったけど、実はお前は、勇者の生まれ変わりなんだよ」

はい?

「だからお前は、このペンダントを持って、この村を出て行かなけきゃいけないんだ。そして、北にあるデルカダール王国の王様に会わないといけないんだよ」

またこのオバさんは。適当な事ばかり言いやがって。
俺が勇者の生まれ変わりなのは別にどうでも良いが、それよりも聞き捨てならないのは、王国に行って王様に会えという言葉。
まさか、本気で言ってるのか?それって一体、何人の人間と会話しなきゃいけないんだよ。考えただけでも恐ろしい。

「寂しくなるね・・・さ、今日はあんたの大好きなシチューを作ってあげるから、元気付けて行っておいでね!」

なんかものすごい勢いで外堀が埋まっていく。まさか、本気で言ってるのか。
王様と会うってことは、多分大臣とも会って話すのだろう。大臣と会うってことは、多分衛兵とも会って話すのだろう。いや、恐らくそんな単純な流れでは済まない。とにかく、膨大なコミュニケーションを取る必要があるはずだ。王様と会うというのは、そういうことだ。
いやいや、恥ずかしい呪いを克服するためのカリキュラムとしては、ちょっとハードル高すぎね?まずは、赤ん坊と話すとか、そういうところから始めませんか?
だけど俺は、結局母の一方的な申し出に何も言うことができなかった。

眠れない・・・。とりあえず、初めはなんて挨拶したら良いだろう。
えーと、私は勇者の生まれ変わりです。これで有無を言わさず押していくか?いや、絶対突っ込まれるよな・・・はぁ、どうしよう・・・少し、夜風に当たるか。

夜のイシの村はいつもよりも静かだ。見慣れた村の景色。そうか、これが最後なんだ。
王様と会うことばかりに意識がいってたけど、俺は明日、この村を去らなければいけないんだ。

村の真ん中にある大きな木のそばに、見知った顔がいた。エマだ。こんな時間に何をしているんだろう。
話しかけるべきか一時間くらい悩んでいると、エマがこっちに気付いた。

「君も、眠れないの?そうだよね。急な話だもんね」

俺は今気付いた。エマとも、これでお別れになってしまうことに。

「今までずっと一緒だったよね」

本気で後悔している。何であの時、母に、俺は勇者の生まれ変わりなんかじゃない、と一言いえなかったのか。

「知ってる?昔、勇者が魔物が蔓延ったこの世界を救ったんだって」

だけど、俺が勇者の生まれ変わりだという情報はもう村中に行き渡ってしまった。村人たちは偉大な勇者様を盛大に見送るという。
もう流れは出来てしまった。あとには引けない。

「あなたが勇者だなんて信じられないけど、それって、凄いことなんだよね。私、応援してるから!」

流れは出来たってなんだ。あとには引けないってなんだ。
それって、そんなに大切なことなのか?もっと大切なことが、あるんじゃないのか?だって俺は

「じゃあね・・・元気でね!」

エマは走って行ってしまった。顔から何かこぼれていた気がする。
結局俺は、また何も言えなかった。

次の朝。俺は村の入り口でみんなにお別れの挨拶という名の無言の会釈をしていた。
村長が旅のお供にと、馬をくれた。馬は良い。言葉を話さない。
さっきから惜しみなくお別れの挨拶をしてくる村の人たち。俺がこの世で3番目に嫌いな空気だ。
本当はさっさとこんな場所から立ち去りたいけど、俺は時間をかけて荷物の確認をしていた。でも、もう良いかな。

「待って!」

馬にまたがり、もう出発するというドラマチックなタイミングでエマのご登場。タイミング計りすぎだ。

「夜通しでこれ作ったの。お守り。持って行って。外には魔物がいるんだから」

さっそく装備してみる。
しゅび力+1。
おいおい、焼け石に水レベルじゃねーか!オリハルコンとか持ってこいよ。

「絶対、帰ってきてね!待ってるんだから!」

お守りを握りしめ、旅立つ。
王様も勇者もどうでも良い。ただ、自分が何かになるために。

続・・・く?