全編に渡って漂う違和感がとてつもなく怖い






“夏休み、親戚の紗央里ちゃん家に遊びに行ったら何か様子が変だった。
叔母さんは身体を血塗れにして出迎えてくれるし、家の中は腐乱臭が漂ってるし、洗濯機の下から干からびた指が見つかるし、ご飯時には毎回焼きそばしか出てこないし、その焼きそばの中には何故か虫が入ってるし、不思議に思って家の中を探索していたら金槌を持った叔父さんが呼び止めてくるし、お父さんは怪奇な事態を前にしても全く気にせず動じないし、何より紗央里ちゃんが家にいなかった。”

第13回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞したホラー小説。矢部嵩著。

要は叔母さん夫妻がお婆ちゃんを殺しただけの話なんだが、それを最大限に戯曲化してとても面白おかしくみせている。
全身血だらけなのに全くそれを気にしないで出迎えてくれる叔母さんがおかしいし、ウインナーが欲しいと泣き出す叔父さんがおかしいし、死体の欠片を見つけながらもあまり恐怖を感じずむしろ面白がって家の中を探索する語り手の少年がおかしいし、会話が全く噛み合わないお姉ちゃんがおかしいし、数々の奇怪な事態にも全く動じず平然と構えているお父さんがおかしい。
唯一まともな気のあるお母さんは自宅に待機したままで、作中には電話でしか出てこない。
俺にも親戚がいるが、確かに今になって振り返ると、この作品ほどではないが何かしら変に思える部分がいくつかあったような気がする。
それは単に気のせいで、親戚という、血は繋がっているが、それほど会う機会のない曖昧な関係がそう感じさせているのかもしれない。
その親戚の何か変だったと感じる部分をこの本では最大限誇張して描いている。
と言うか変というよりもはや頭が狂ってるとしか思えず、明らかな異常者ばかりが揃っているのだが、彼らの行動に対して、リアリティとか、何でそうしているのかなどの説明は求めるだけ無駄。あー、こいつらは単純に頭がおかしいんだな、と思いながら読むのが正しい。
異常な事態が起こりながらもさもそれが当たり前のような文章で書かれており、最後まで釈然としない感じで話は続くが、この全編に渡って感じる違和感と理解し難い異常者集団の薄気味悪さこそ、この本が放つ最大の恐怖である。

少年が帰りの途中に、「何も思わなかったの?何も聞かなかったの?何も気にならなかったの?何も心配じゃなかったの?何も不安じゃなかったの?」と父に問い掛けるシーンでは、今まで読者が思ってきたことをそのまま代弁しているのと同時に、それまで比較的淡々とした文章で進められていたのに急にパッションめいたものが感じられ、ようやく少年から発散された感情にこちらも何か背筋にゾワッとくるものがあった。
それに対してのお父さんの独白がまた逸品で、自分の事を考えるだけで必死な典型的ダメ大人を良く現している。
言葉の節々に後悔と虚しさを感じられる叔父さんの痛々しい姿や、如何にもヒステリックで冷酷ででもちょっと温かいところがある叔母さんなど、異常に犯されながらもどこか人間味が溢れている人物像にまたゾクっとくる。

ただ異常者の異常な行動を描いてるだけの話なのに引き込まれるものがありとても面白かったけど、最後はちょっと微妙だったかな。
毛色の違うホラーを求めてるならオススメ。